なんだっていい

難しいことはしない

キタナカワイイ

数日前の休日に久しぶりのデートで
久しぶりにちゃんと化粧をして
ワンピースをきてうっすいタイツ履いて
ネックレスつけてヒール高いブーツ履いて
「とびきり可愛いやんけ」と言わせて、
言われたときは嬉しくて、
あなたに可愛いと思われたいからくっそ寒いのに我慢して
うっすいタイツで膝上丈のワンピースで頑張らせていただいてますねん!って思ったけど
約2時間の映画を観終わって、映画館出て、
飲みに行くかと歩き出してからも
「いや可愛いわ〜そんなワンピース持ってたっけ〜?」(何回か着てるわよ)
「可愛いわ〜綺麗にお化粧もして〜綺麗なー可愛いなー」と
あまりに何度も言われるから
「ごめんないつもは汚い格好してて」と言ったら
「うん大丈夫やでいつもはキタナカワイイから」と返ってきた。

キタ…ナカワ…イイ…

つまり
汚い+可愛い
ということで
褒められているか貶されているかでいえば後者な気がするけど

まぁ、そうやねん。
3年前だか4年前だかとにかく出会った頃のデートでは
いつでもキレイに化粧して(たかな?)
いつでもワンピース着て(たかな?)
髪の毛長くてマキマキして(たかな?)
それが、DAN DAN 心魅かれてくにつれて
スッピン毛玉皺きりっぱボサ髪しかももはやアラサー。
仕事終わりに外で会えばそんな感じ、家で会ってもそんな感じ、
ただただキタナイアラサーババァなんだけど
すっごく贔屓目で見てみて「キタナカワイイ」になるのだろうな。

なんか、でも、 汚可愛い でいいらしい。
毎日 綺麗可愛く してて周りからチヤホヤされると
その環境に慣れてクズ化するからって
(クズ化するとまでは言うてなかったけどな)

果たして綺麗に可愛くしてても
それがチヤホヤされるレベルかどうかと考えると
悲しいながらそんなことはないんやけども

これはほんとに恋人が恋人を愛する気持ちで
「可愛すぎたら他の人からの悪影響を受けるから困る!」みたいな
親バカ的な愛しさや愛情から生まれる感情なのか、
京都人的イヤミなのか(彼は全く京都人ではないが)(ていうか京都の人に怒られそうやけど)、

でも、ひらひらのイワユル女の子っぽ〜い花柄とかリボンとかピンクとかの
カワイイ洋服を着なくなったのも、髪の毛の長さをロングからばっさりショートにしたのも、
全部があんたさんからの影響どすえ(ちなみにわたしは阪神間の人間だ)。

とびきり可愛いと言わすことに成功したわたしはそのとき、
彼からのプレゼントのコートと
彼からのプレゼントのネックレスと
彼からのプレゼントのバッグと
彼からのプレゼントの腕時計と
彼からのプレゼントのブーツ
を身に着けていました。

すべてがとても品のある美しいもので
このことからも明白ですが、
全くもって「汚くなれ」とは言われていません。
分かってます、ごめんなさい。


アリー/スター誕生 後半〜ラストで涙がこらえられず
今朝もラストの歌を出勤前に聴いて思い出し泣きしたが
少なくともそれは絶対“ガガ泣き”ではなかった、というかなんやねんその訳わからへん宣伝文句はよう。
わしピュアっピュアやから感情移入して劇場ですぐ泣く習性あるけど、今回もそうやったけど、終わって帰ってググって“ガガ泣き”っていう謎単語を公式が発してるの見て突然醒めて、映画本編だってアレもコレもツッコミどころ満載やんけ…と思ってしもた(ていうか観ながらちょいちょい思っててんけど、‘ソレが映画やん非現実やん’とかって納得しながら観ててんけど)。

なんでなんやろ、『感涙必須!』とかって押し付けられると引っ込むんよなあ涙って。
知らんと観られて幸せやった〜。
泣く前提では行かへんから泣けるんやで映画館で。
マッドマックス 怒りのデス・ロード でも泣いたもん。

可愛いわたしが目の前に現れる前提じゃなかったから可愛くって可愛くってたまらなかったのかな。照れる

お正月はありません

誰や書き溜めていく言うたのん。
でもなんか親指頼りなんとNo Wi-Fiなのが不便で、なんとなく。



2019年になりました。平成31年です。
昨年末、母方の祖父が亡くなりました。
なのでお正月はありません。

最後に会ったのは12/22の土曜日の夕方。
入院しているところに、お見舞いというほどではなく
ただ顔を見に行っただけで、話すこともない
(何を話していいか分からない)ので
病室でボーッとしてただけでした、わたし。
今になればもう少し声をかけりゃよかったのかとか、あるけど
そんなんいつもそうでしょうな、済んでから
後悔するもんや。と、どこか他人事気分で
「きょうは仕事やったんか?」「いや休み」「そうか」
…最後のやりとり、コレ、、、?
まじでこれ以上なにを話したか思い出せない。
でも、そのあと熱を計りよって
「キツい薬入れとるからな、若かったらアレやけど、
おじいちゃんももう89才やからなあ」
「うん」
っていうのはあった。
脇の体温計が鳴って「音鳴ったで」
「おおそうか」ていうのもあった。
結局37.1度やったんも覚えてる。

母と妹と一緒にいて、夕食時に食べきれなかった
りんごゼリーが病室の机に置かれてた。
母が「これ食べる?」とゼリーを見せて
「いや今いい、食欲あるときにする」「あぁそう」と言ってると、しばらくして父も来た。
母が「ほな迎えも来たし私らもそろそろ帰るな」と言うと
祖父は「ゼリー食べさせてくれ」と言って
母は「おじいちゃんボケとんのかさっきいらん言うたとこやのに」と言ってたけども
ゼリーは緑色やって、小学校の給食で出てきた
オレンジゼリーみたいな小さい容器やのに
半分も食べへんうちに「もういらん」言うてたけど

ただ寂しくて引き留めただけやろなあ。

祖母は数年前に倒れてから、
病院でチューブに繋がれて
そこから意識が戻ったことはない。
祖父は足繁く祖母のベッドを尋ねていた。
そうこうしているうちに自分にガタがきて
朝から晩まで病院のベッド、食べたくもない食事、
なにより、ひとりで過ごさなければならない。
娘やら孫やらが来て、特別話す訳でもなかったけど
それでも、そこにおるのとおらんのとでは大違いやったんやろうな。

病室で何を思ってたのか。
人生を振り返ったりしたのか、
それとも家に戻ることしか考えてなかったのか。

夏頃に入院して、その後退院し自宅に戻っていた祖父。
家で倒れて救急搬送されて再入院し、
数日後に私は顔を見に行った、
のが最後になってしまった。

12/26の朝、危篤の連絡が入ったときには、
東京行きの新幹線に乗っていた。
たまーーーーにある出張の、その、たまーーーーの日だった。
品川に着く頃には、集中治療室に入ったし心臓も動き出したと連絡がきていた。
少し安心してしまったんよなあ。
スタジオでリハーサルに立ち会い、
抜けて別作品の顔合わせへ移動する時に
携帯を見たら、亡くなったという連絡がきていた。
ぜんぶ午前中のこと。

キョロキョロしながら(東京の電車はいつでも難しい)
ひとりで泣いているわたしはかなりの不審者だったろう。

顔合わせが終わりすぐまたスタジオに戻り、
「いますぐ訳を話して帰るか否か」を自問自答しながら
「いま戻ってももうおじいちゃんは死んでもうとんねんや」
という結論を出し、
「ていうか遊んでた訳じゃないしな、孫が頑張って仕事しとるのも喜ぶやろ」
という言い訳を言い聞かせ、
結局、用が終わるまでそのまま新宿で過ごし
あらゆる誘惑を振り切り(久しぶりに来たし甘いもんでも食べて帰るか、
とか思ってたんや家出るときは)、
真っ直ぐ帰りました、デスクへ…家ではなく、会社へ…。
でも色々なことに耐えられず新幹線でビールを飲みました。
それでまた祖父をおもいだし、
ひとりで新幹線で酒を飲みながら泣く不審者となりました。

それで、梅田で喪服を買いました。
27歳、持ってなかった、喪服。大丸に滑り込みセーフ。
今の自分好み(なんかちょっと切り替えが可愛い)のちょっとお安いのと
オバサンでも着てそうなちょっとお高いもの、
悩んだけど後者にした。長く着られるようにね。
最低限の小物も選んで、四捨五入したら10万円の買い物をカードで一括。
「はぁ〜〜〜わしなんか大人やん〜〜〜」と大人感に浸りながらも
「ヤバい上司に20:00には戻る言うたのに今すでに20:00やんけ…」と素に戻り、早歩き。

デスクに帰ると上司はまだいたのでホッとしながら
話しながら仕事しながら整理しながら
「そんなことで年明けまで来ませんのでよろしく」
と押し付けながら(本当にスミマセン)、
結局さいごの一人になり、事務所の鍵を返し
ダッシュで駅に向かい、なんとか終電に滑り込んだ。

翌日の午後、親元に戻り、夜に祖父の家へ。
じつは、“死体”を見るのが初めてで怖いと思ってたのだけれど
和室で寝ているおじいちゃんに会ったら、
本当に綺麗で、今すぐ起きそうで、
「おじいちゃん家もどってこれて良かったなあ」と思って
でもお線香あげなあかんくて、なんでお線香なんかって、
それはおじいちゃんがもう仏さんやからで、
おじいちゃんやのにおじいちゃんじゃないというか、
なんかよく分からん感じで、とにかく、手を合わせながら
「来るん遅れてごめん」と思うしかなかった。

またその翌日、の昼頃に祖父の家に行き
昼過ぎには葬儀屋のオッサンが祖父を連れて行った。
おじいちゃんがおじいちゃんの家にいるのはもう今が最後、
と思うと、思うけど理解しきれない感じだった。
おじいちゃんが乗ってる霊柩車は、
おばあちゃんの入院してる病院にまわってくれてんて。
(まぁその入院してる他の人からしたら何か嫌ちゃう?とも思うなぁ。
縁起悪いやんけ、って、思われんかったんかな。
でもわたしは孫やから、 よかったなぁ と思ってる)
祖父の後に葬儀場へ入り、泣いたり着替えたり受け付けたりしてお通夜。
阿弥陀さんのところに往って生まれたから安心してええんやって、
よかったなぁおじいちゃん、仏さんになったんやなぁ。

それで、通夜振舞いの量がすごくてな。
ていうか激寒で親戚のご老人達もこちらの想定以上に来られなくて
ていうかイマドキ肉も魚も食べるねんな、
ていうか昆布もフグもあるけどええんか(ヨロコブやしフグは福やろ)、
ていうか、おじいちゃん死んでるけど、
ビールも、食べ物も、美味しいんや、、、
身内が亡くなっても、自分は美味しんや、、、。
泣いてた母親も美味しいと言いながら食べていた。
まぁおじいちゃんは「食べたらええ」と目を細めているでしょうが…たぶん。

翌日のお葬式も、泣いたり着替えたり受け付けたりしてたら始まって
泣いたり拝んだりしてるうちに終わって、
いよいよ本当におじいちゃん(の身体)とお別れで
過呼吸になるほど泣けて
これといったほっこりエピソードがある訳でもないけど
最近やと、おじいちゃん家で一緒に初めて缶ビール飲んだし
おじいちゃん家で一緒にご飯食べて、
あんまなんも食べれへんって聞いてたけど
おじいちゃん普通に食べてて(孫と一緒やったから、らしいけど)
カレイで味噌で焼いたみたいなん食べて
「この魚美味しいな」って笑いかけてきてくれて
「うん」って言うて
(まぁわたしはどの場面でも特に話してないねんけど、
ただ一緒におっただけや無意味なテレビ眺めながら)

もう会えないんや声聞けんねや、と思うと辛くて
辛かったけど、火葬場行って見送って帰ってきたら
ビールも、食べ物も、美味しんや、、、
あんだけ泣いても飲めるし食べるし、美味しんや、、、

ていうかイマドキ火葬場では待たへんねんな、
ていうか煙も出んねんな、
でもすごく寒いけどすごくいい天気で気持ちの良い空やったから、
きちんとお空に行けたやろな、まぁ煙でてへんけど。
ていうか、その後、骨上げに行ったけど、
イマドキお箸とお箸でせんねんな、ひとりひとりやるねんな。
スタッフが大きい骨をグシャグシャと潰すのは、まぁしゃあないんか。
しかしなにより事務的で、まぁそれはそのほうがええんやろか。
親戚のおじちゃんがスタッフに「田舎と様子がかなり違うけど今はこういうもんですか」と聞いたら
「アタシは若いので昔のことは分かりません」と言われたらしく
「そらすんません…」としか言えなかったそうな。せやな。

それで骨になった祖父とまた葬儀場に戻って、還骨勤行、初七日法要。
ていうかイマドキ初七日も同じ日にやってまうんやって
ていうか四十九日まで繰り上げることもあるらしい…
仏さんの都合じゃないんやなあイマドキな。

イマドキイマドキ言うけど、
まあ、
初めて喪服買ったくらいやねんけど。



きょうは本当の初七日で
また祖父の家に行ったけど
やっぱり会えないのは涙が出てくる。
仏さんになってるのは、
おらんくなったわけとちゃうのは、分かるけど。



それでさぁ、おじいちゃんよ、
最後に会ったときさあ(最後とは思ってなかったけど)、
「おじいちゃんももう89才やからなあ」って言うてなかったっけ。
普通にわたし聞き間違えただけかな…。
年内最後に会社に出たとき、上司に説明して
「おじいちゃん何歳やったん?」
「知らないんですけど、
数日前に会ったら89歳って言ってました…
ボケてなかったらそうなんだと思います。」
「そうかぁ〜」
って話をしてたんやけど、
通夜の受付に立ってるとき、人に渡す返礼品の中に
お礼状も入ってたから先に開いて見てみたら
「84年の生涯に…」みたいなことが書いてて
アレ?普通にわたし聞き間違えただけかな…ごめん。

数えで85年。
天皇陛下と同じ頃に生まれた(けどわざと届けを
ひとつきほど遅らされたという昔の人らしさ)おじいちゃん。
幼い頃は絵の書き方を教えてもらいました。
字も上手で絵も上手で釣りも上手で
いまよく考えると、丁寧な誠実なひとだったのだろうと思います。
ありがとうおじいちゃん。
おじいちゃんに笑ってもらえるように、
仕事とか色々ざっくり頑張るな。



ていうかめっちゃ長文打てるやん、スマホで…。

間違っていた

どうしてこんな簡単なブログすら放置してしまうのか。
三日坊主どころの騒ぎではない。
どうして続けられないのか。

面倒だからであった。
よくある何かを記録していくブログに憧れた。
キレイな写真、第三者にとっても参考になる情報(この店のこれがいくらでどんな味だったとかさ)、あとから自分で見返してもその時のことが鮮明に思い出されるような……
でもそれは私には無理だということに気付いた。
というか、知っているのに見ないふりをして始めてみたけどやっぱり無理だった。
ということで、文字だけでヒトリゴトを綴ることにするということにしようと決めた、秋。
春に初めて、夏にはツーリングでいい景色いっぱい見たけど…それをここに残すのはむりむりむーりのかたつむり。めんどくさい。
でもこうやってダラダラダラダラ書くのはそんなにめんどくさくない。
何が違うんでしょうか。何も考えずにダラダラしてるからでしょうか。ここに写真入れて〜とか?それがそんな面倒かね。
誰も読んでないのに、誰に向かって語りかけてるんやろな。ウケル

お花見ツーリング

新年度1日目!は、おやすみ!
お天気も良いのでひとりバイクでお花見へ
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桜舞うイイカンジでした。

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家の近くにパン屋さんを発見し
寄ってから出掛けたわけですが
とっても美味しかった!
チョリペーニョドック 280円
柚子パン 220円
しっかりもっちりでおいしい!
もう一個買っちゃってたけど満腹。

アウトレットを散歩しつつ海を眺めつつ
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お腹空いてないのに我慢ができず食べてしまった、笑
胡桃とクリームチーズのハチミツがけ 280円
これ、めちゃくちゃ美味しかった。もっぺん買う!

いい風を浴びながら帰ってきたのでした。
yotsuパン製作所、覚えとこ。